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最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)228号 判決 1997年1月27日

東京都世田谷区代田四丁目二〇番一六号

上告人

吉村徹穂

右訴訟代理人弁護士

牛嶋勉

東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号

被上告人

北沢税務署長 天野英四郎

右指定代理人

泉本良二

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行コ)第一九二号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成六年八月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人牛嶋勉の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右の措置は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、独自の見解に基づき原判決を論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成六年(行ツ)第二二八号 上告人 吉村徹穂)

上告代理人牛嶋勉の上告理由

一、「本件契約は売買であることが認められる」と認定・判断した原判決には、法令違背、理由不備及び理由齟齬の違法がある。

以下のとおり、本件契約の実質が譲渡担保であることは、本件証拠から明らかであるから、原判決の認定・判断は経験則に違背し、譲渡担保に関する法律及び所得税法三三条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものであり、また、原判決には、民事訴訟法三九五条一項六号に定める理由不備及び理由齟齬の違法がある。

1、本件契約の実質は、本件土地の底地を担保として提供する譲渡担保である。

2、本件契約の実質が譲渡担保であることは、次の各点から明らかである。

(1) 上告人は、平成二年七月九日、上告人の次男吉村雅隆名義の三菱銀行神田支店の普通預金口座から九六〇〇万円を引き出し、それに四〇〇万円を加えて、七月一五日ころ、合計一億円を平野橋不動産に返済し、平成二年七月二〇日付領収証(作り直した領収証)を平野橋不動産から受領した。

右領収証には、「昭和六二年夏の一億円建替分」である一億円を受領した旨、及び、土地の登記を返還する旨が明記されている。

そして、上告人は、平野橋不動産への前記所有権移転登記を抹消するための必要書類を平野橋不動産から受領し、その抹消登記(平成二年七月一八日申請)を経由して本件土地の所有名義を回復した。

(上告人本人供述、野崎証言、甲一、甲二、甲六、甲七、甲九)

(2) 本件「売買契約書」においては、平野橋不動産は売買の対象である土地を現状のまま引き続き上告人に使用させる旨明記されており、実際に、上告人は、本件契約が締結された昭和六二年七月以降も、旧建物が取り壊された平成元年一月まで旧建物に居住し続け、その後も新建物が完成した平成元年六月以降現在に至るまで新建物に居住し続けて、右「売買契約」以前と同様に、右土地上に居住し続けている。

このように土地の名義のみを債権者に移転し、債務者に土地の使用を継続させる方法は、土地を担保とする譲渡担保において通常取られる手法であり、本件は、まさにこれに合致している。

しかも、本件土地上には、右契約当時上告人名義の木造瓦葺二階建建物(旧建物)が存在し、その後上告人が再建築した軽量鉄骨造りスレート葺二階建建物(新建物)の所有名義も上告人のものである。新建物の名義は、建築当時は一時的に平野橋不動産であったが、これは、建築資金を融通した平野橋不動産の名義に一時的にしていたにすぎない(その間も終始上告人が新建物に居住し、新建物及び本件土地を使用していた。)。

(上告人本人供述、野崎証言、甲三~甲五、甲八、甲一二、乙一)

(3) 上告人は、所得税基本通達三三-二(譲渡担保に係る資産の移転)に定める、税務上当然に譲渡担保として取り扱われるための要件をすべて満たしている。

右通達で求めている要件は次の各点である。

<1> 契約書に次のすべての事項を明らかにしていること。

ア 当該担保に係る資産を債務者が従来どおり使用収益すること。

イ 通常支払うと認められる当該債務に係る利子又はこれに相当する使用料の支払いに関する定めがあること。

<2> 当該譲渡担保が債権担保のみを目的として形式的にされたものである旨の債務者及び債権者の連署に係る申立書を提出すること。

右<1>のアの点は、前述したとおり、本件契約書に明記されている。

右<1>のイの点は、本件契約書において、債務者である上告人が本件土地の使用料として所定の「地代」を支払う旨明記されている。

右<2>の点は、上告人及び平野橋不動産は、平成三年六月二〇日に右申立書を提出済である。この申立書の提出が遅くなったのは上告人が右通達を知らなかったためであるが、右通達においても申立書を提出すべき期限は何ら定められていない。

なお、右通達は、税務上当然に譲渡担保として取り扱われるための要件を定めたものに過ぎず、右通達の要件を形式的に満たさない場合であっても、実質的に譲渡担保に該当する場合は、その実質に従って、譲渡所得課税の対象にならないものである。

国税庁課税部長松川隆志監修、国税庁所得税課員等共著「所得税基本通達逐条解説(平成五年版)」一七七頁においても、「譲渡担保は、資産の移転の形式をとっているが、債務者と債権者とがその目的物について賃貸借契約を締結し、その契約に基づいて債務者が目的物を引き続き占有して使用する形式をとるような場合には、その実質は金融の担保的な機能を果たしているに過ぎないと認められることから、一定の形式的要件を具備する譲渡担保については、譲渡がなかったものとして取り扱うことを明らかにしている。」と解説している。

本件「売買」は、「資産の移転の形式をとっているが、債務者と債権者とがその目的物について賃貸借契約を締結し、その契約に基づいて債務者が目的物を引き続き占有して使用する形式をとるような場合」であるから、まさに右解説のいう譲渡担保に該当することは明らかである。

(上告人本人供述、野崎証言、甲二、甲一〇、甲一一、甲一三、乙一)

(4) 本件土地の時価が原処分庁のいうように九億一五四七万円余に及ぶものであれば(上告人はその評価を認めるものではない。)、これを代金一億円で売買するということは余りにも不合理で、ありえないことであり、本件「売買」の代金が一億円であることは、本件「売買」の実質が譲渡担保であることを示している。

3、原判決には、以下のとおり、法令違背、理由不備及び理由齟齬の違法がある。

(1) 原判決は、「金銭消費貸借契約書等を別途作成していないこと」、「本件契約書には……金銭消費貸借契約が締結されたこと及び本件土地が右借入金の担保の目的で譲渡されたことをうかがわせる記載はなされておらず、また、右借入金の弁済期、利息に関する約定等に関する記載も全く見当たらない」こと、「同社の貸借対照表には、原告に対する貸金は計上されていないこと」を判断の根拠としているが(第一審判決書一二丁表)、これは譲渡担保に関する法律の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

譲渡担保契約には二種類ある。

一つは、貸金債権の担保のために所有権等の権利を債権者に移転させ、貸金を弁済した場合は権利を戻し、弁済しない場合は権利を債権者に帰属させたままにする旨の契約である。

もう一つは、実際は貸金債権の担保のためであるが、外面的には貸金債権の存在を出さず、形式的には、債権者が一定の代金(貸金債権相当額)で権利を買い、後にその代金を支払ってその権利を買い戻すことができる旨の契約である。

本件契約は、後者の形態の譲渡担保である。すなわち、本件契約は、実際は一億円の貸金債権の担保のためであるが、外面的には貸金債権の存在を契約書等に表示せず、形式的には、平野橋不動産が代金一億円で本件土地の底地を購入し、後に控訴人が一億円を支払うことによって本件土地を買い戻すことができる旨の契約である。

本件契約は、後者の形態の譲渡担保であるから、外面的には貸金債権が存在するように表現されないものであり、したがって、別途金銭消費貸借契約が締結されなかったこと、平野橋不動産の経理処理上も貸金債権が計上されず、土地(底地)が資産に計上されたことは当然のことである。

また、所得税基本通達三三-二(譲渡担保に係る資産の移転)も、「(注)形式上、買戻条件付譲渡又は再売買の予約とされているものであっても、上記のような要件を具備しているものは、譲渡担保に該当する。」と明記しており、右の二種類の形態の譲渡担保のいずれについても適用されることが明らかである。

国税当局による解説においても、「譲渡担保の契約形式が買戻し条件付き譲渡又は再売買の予約とされていても、その形式は問わないものとされている」(国税庁課税部長監修「所得税基本通達逐条解説(平成五年版)」一七七頁)と述べている。

(2) 原判決は、「野崎は同社の経理担当者(ただし、同人が経理担当者になったのは、本件契約締結直後の昭和六二年八月一七日である。)でありながら、右貸金の弁済期、利息に関する約定等を一切把握していないこと」を判断の根拠としているが(第一審判決書一二丁表、原審判決書二丁表)、野崎は、原判決認定のとおり、本件契約成立時(昭和六二年七月二九日)にはまだ雇い入れられておらず(野崎証言二項)、野崎が右約定等を把握していないのは当然であり、原判決には、理由齟齬の違法がある。

(3) 原判決は、「本件土地の地代は一月当たり五万円、本件新建物の家賃は一月当たり一五万円であり……借入金額一億円の利息であるとするにはその額が極めて低廉であり」と述べているが(第一審判決書一二丁裏)、上告人は、平野橋不動産の監査役であって、その報酬も受けておらず、利息について特別の優遇措置があるのは当然であるから、原判決は、経験則に違背し、法令に違背するものである。

(4) 原判決には、次のとおり、理由不備の違法がある。

野崎は、平成二年一〇月八日、次の趣旨の振替伝票を起票して記帳を行った(甲一五)。これは、以下のとおり、実質は、一億円の入金があったことを意味する記帳である。

借方 短期借入金 一億円

貸方 土地 一億円

摘要 吉村雅隆/世田谷土地

7/18付抹消登記にともない取消す。

右記帳は、昭和六二年七月二九日付の左記記帳(甲九)を取消す趣旨の記帳である。

a 借方 現金 一億円

貸方 短期借入金 一億円

b 借方 土地 一億円

貸方 現金 一億円

(この記帳の実質的意味は、吉村一族から現金一億円を借入してこれを吉村徹穂に貸付け、その担保として本件土地の底地の名義を得たことである。)

甲第一五号証の記帳をする際には、右記帳の逆にして、次のように記帳すべきであったが、これを省略して、現金を介在させない記帳がなされたため、甲第一五号証のようになったのである。

a 借方 現金 一億円

貸方 土地 一億円

b 借方 短期借入金 一億円

貸方 現金 一億円

(この記帳の実質的意味は、吉村徹穂から現金一億円の返済を受けて、担保に取っていた本件土地の底地の名義を元に戻し、その現金を吉村一族に返済して借入金を解消したことである。)

甲第一五号証では、どういう趣旨の記帳か理解することができず、右のように実際に介在した現金を反映させて記帳すればその意味が明らかになったのである。

原判決は、「この書類(甲第一五号証)は、本件更正処分がなされた平成二年七月六日より後(平成二年一〇月八日)に作成されたものであるから、野崎がこの書類の作成に関与していたとしても、その記載内容が真実であることについては疑問がある」と判断している(原判決書二丁裏)。

上告人が一億円を返済したのは平成二年七月一五日ころであり、平野橋不動産への所有権移転登記の抹消登記申請がなされたのは同月一八日であるから、この振替伝票の作成が平成二年七月六日より後になるのは当然であって、このことが記載内容の真実性に疑問を抱かせる根拠となりえないことは明白であり、このような重要な証拠を排斥する根拠を示していない原判決には、理由不備の違法がある。

上告人及び野崎らがこの振替伝票によって虚偽の事実を創出する意図であれば、振替伝票の記載日及び検印の日付を「平成二年一〇月八日」とせずに、七月一八日に近接した日を記入したであろうが、実際の経過通りに「平成二年一〇月八日」と記入したことは、記載内容の真実性を裏づけるものである。

(5) 原判決は、「原告が、一億円もの大金を大阪から東京まで現金で持参し、これを系列会社であるとはいえ別会社の事務員に預けるということは、極めて不自然である」と認定・判断しているが(第一審判決書一三丁表)、これは経験則に違背し、法令に違背するものである。

上告人にとって一億円を現金で持参することは通常のことであり、何ら不自然ではない(上告人本人調書一〇項、一三項)。

また、野崎は、密接な関係にある平野橋不動産と吉村商会の両社の経理事務を担当していたものであって、野崎が不在であった際に、吉村商会の従業員である松田に現金を預けたことは当然のことである(野崎証言五八項~六三項、上告人本人調書一三項~一七項)。

(6) 原判決は、平野橋不動産が本件新建物の所有者であると認定し(第一審判決書一三丁裏)、「原告は、少なくとも、本件新建物建築後は本件土地上の建物を使用しているにすぎないから、本件土地を従来どおり使用収益しているとはいえない」と認定・判断しているが(第一審判決書一四丁表)、以下のとおりであるから、これらの認定・判断は、経験則に違背し、法令に違背するものである。

新建物は、上告人が、自己が居住するために建築したものであり、新建物の所有名義も上告人のものである(甲五)。新建物の名義は、建築当時は一時的に平野橋不動産であったが、これは、建築資金を融通した平野橋不動産の名義に一時的にしていたにすぎず、その間も終始上告人が新建物に居住し、新建物及び本件土地を使用していた(野崎証言三〇項~五一項、上告人本人調書二一項~三〇項)。

上告人は、旧建物に居住していたが、昭和六三年九月ころ(上告人本人調書では建築開始時期を昭和六三年と勘違いして話しているため、一年ずれている。)、世田谷区桜上水の住宅展示場に立ち寄った際、東芝メイゾン建設株式会社の萱田という営業マンにつかまり、建て直しを勧められ、昭和六三年暮れに話がまとまって、平成元年一月に旧建物を取り壊し(甲四)、平成元年六月に新建物が完成し(甲五)、それ以降上告人が居住している(上告本人調書一一九項~一二二項、甲一七)。

原判決は、「平野橋不動産は、原告に対し、平成元年七月一日、本件新建物……を引き渡した」と認定しているが(第一審判決書一一丁表)、右のとおり、新建物は、上告人が建築し、完成以降居住しているものであって、平野橋不動産から引き渡しを受けた事実はない。

また、原判決は、平野橋不動産から上告人に対して建築資金が融資されたことを認めるに足りる証拠はないと述べているが(第一審判決書一三丁裏)、右野崎証言、右上告人本人供述、甲第五号証(真正な登記名義の回復)、甲第八号証(融資された建築資金を返済した振込の振込金受取書)等によって、右事実は明らかである。

(7) 原判決は、「控訴人は、本件契約締結当時、本件旧建物を取り壊し、平野橋不動産から本件新建物を賃借することを予定していたものと推認することができる」と認定し、判断の重要な根拠にしているが(原審判決書三丁表)、経験則に違背する認定であり、法令に違背するものである。

上告人は本件契約を締結した昭和六二年七月よりずっと前から立て替えたいと思っていたにすぎず、具体的な予定があったわけではない(上告本人調書一一八項~一一九項)。その後、昭和六三年九月ころ、たまたま、上告人の息子の下宿先の近くの住宅展示場に立ち寄ってから、建て直しの話が進展したものである(甲一七)。

原判決は、上告人の希望に過ぎなかったものを、あたかも「予定」が具体的にあったかのようにすり替えたものであって、その認定は経験則に違背する。

(8) 原判決は、甲第一号証(領収証)及び甲第二号証(譲渡担保の申立書)の記載内容が真実であることについては疑問があるというが(第一審判決書一四丁裏~一五丁表)、以下のとおりであるから、原判決の認定・判断は経験則に違背し、法令に違背するものである。

甲第一号証及び甲第二号証は、その内容及び作成方法について平野橋不動産の代表者の了解を得たうえで、東京の吉村株式会社に保管されていた、平野橋不動産の社判、印鑑等を使用して作成されたものであり、いずれも真正に作成されたものであって、その内容も事実である(上告人本人調書九三項~一〇〇項、一一〇項~一一一項)。

野崎は、経理担当者に過ぎず、野崎がこれらの書類作成に関与していなかったからといって、これらの書類の内容の真実性に影響はない。

また、これらの書類を記載したのが吉村株式会社の従業員であり、これらの書類の作成に用いられた社判が吉村株式会社に保管されていたことは、上告人が述べた事情の下では何ら不自然ではなく、そのことと内容の真実性は関係がない。

(9) 原判決は、「右領収証には、本件所有権移転登記を抹消する旨の記載があるが、右領収証の作成日前である平成二年七月一八日には、すでに本件移転登記の抹消登記がなされていることからすると、その記載内容は不合理である」と認定・判断しているが(第一審判決書一五丁表)、次のとおりであるから、原判決の認定・判断は経験則に違背し、法令に違背するものである。

平成二年七月一五日ころ、上告人から平野橋不動産に対して一億円を返済し、その際一応領収証が発行されたが、七月一八日に抹消登記を申請したのち、七月二〇日に領収証を作成し直したために日にちがずれたものであって(上告人本人調書一三項~一四項、九一項、九二項)、領収証の記載内容は何ら不合理ではない。

二、「原告が……本件土地の底地部分だけを売却したと認めることはできない」と認定・判断した原判決(第一審判決書一七丁表)には、法令違背の違法がある。

1、仮に、被上告人主張のように本件契約が売買であると仮定すれば、上告人は、借地権部分を保有したまま、底地部分のみを平野橋不動産に売却したものである。このことは、次の各点から明らかであるから、原判決の認定・判断は、経験則に違背し、民法六〇一条及び所得税法三三条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

そうすると、本件土地の底地部分の価額は、本件土地の更地価額の四分の一以下に評価されるべきである。仮に、東京国税局が作成した昭和六二年分路線価図によるとしても、本件土地の借地権割合は六割であるから、本件土地の底地部分の価額は、本件土地の更地価額の四割以下に評価されるべきである。

(1) 本件「土地売買契約書」において、上告人と平野橋不動産との間で本件土地売買と同時に本件土地賃貸借契約を締結し、上告人は昭和六二年八月以降「地代」として月額五万円を継続的に支払っていた(甲一〇)。

(2) 借地権部分を含めて売買するのであれば、建物を併せて売却するか、建物を壊したうえで売却するはずであるが、本件では、上告人が建物を売却せずに保有したままその建物に居住し続け、建物の建替え後もそのまま居住し続けている。

(3) 本件「土地売買契約」における「売買代金」は一億円であるが、これは借地権部分を含む土地全体の価格としては明らかに低額であり、このような低額で本件土地全体を売却することは考えられないが、底地部分のみの対価とすれば相当である。

2、原判決は、「原告が実際に地代を支払った期間及びその額は、本件契約書記載の契約期間及び地代の額と異なっている」ことを根拠として右判断を行っているが(第一審判決書一六丁裏)、以下のとおり、民法六〇一条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

期間二〇年の賃貸借契約を締結した場合であっても、その途中で契約を変更等することはありうることであり、そうしたからといって遡って賃貸借契約が当初から存在しなかったことになるわけではない。

また、本件「土地売買契約書」第四条においては、「地代は固定資産税都市計画税と同額」とされていたが、実際は、後述するとおり地代として相当な額である月額五万円を継続的に支払ったものであって、むしろ、賃貸借契約が実在したこと肯定する事実である。

3、原判決は、「一月当たり五万円という地代は、本件土地の地代としては極めて低額であり」と認定し、判断の根拠としているが(第一審判決書一六丁裏)、以下のとおり、民法六〇一条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

たとえば、古賀正義監修・遠藤誠編「借地・借家の法律常識」(本書面末尾添付)二〇頁では、「適正な地代算定の諸方式」の一つとして、「公租公課倍数方式」を挙げ、「これは、対象土地に課せられる公租公課の二倍ないし三倍をもって相当地代(年額)とする方式である。次の公示価格基準説とともに、民事調停において適正地代を求める目安として用いられることが多い。」と説明されている。この方式による場合は、一般に、住宅地の地代は公租公課のおおむね二倍、商業地の地代は公租公課のおおむね三倍とされている。

この方式で算定すれば、本件では、昭和六三年度は、本件土地の固定資産税及び都市計画税の合計額は三〇万五一〇〇円であり(甲一一の一)、適正地代の月額は、それを二倍して一二か月で除した五万〇八五〇円程度である。また、平成元年度は、本件土地の固定資産税及び都市計画税の合計額は三二万〇三〇〇円であり(甲一一の二)、適正地代の月額は、それを二倍して一二か月で除した五万三三八三円程度である。

本件で実際に支払われていた「地代」は、月額五万円であり、右算定に照らしても適正な地代であって、原判決の誤りは明白である。

4、原判決は、「一月当たり五万円という地代は、本件土地の地代としては極めて低額であり、これをもって、本件土地の借地権の対価に相当する金銭の支払があったということは困難である。」と判断しているが(第一審判決書一六丁裏)、以下のとおり、民法六〇一条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

被告上告人主張のように本件契約が売買であると仮定すれば、上告人は、借地権部分を保有したまま、底地部分のみを平野橋不動産に売却したものであるから、「本件土地の借地権の対価に相当する金銭の支払」がないのは当然である。

土地の所有者が借地権部分を保有したまま底地部分のみを売却したい場合、土地全部を売却した後に借地権部分のみを買い戻す方法、すなわち借地権の対価を支払って借地権を取得する方法は、明らかに不合理であり、当初から底地部分のみを売却したものというべきである。

5、原判決は、「控訴人は、本件契約締結当時、本件旧建物を取り壊し、平野橋不動産から本件新建物を賃借することを予定していたと推認することができるのであるから、このような場合に、わざわざ借地権を設定したと認めるのは不自然である」と認定・判断しているが(原審判決書三丁表~裏)、一、3、(7)で前述したとおり、右推認は経験則に違背するものであるから、右認定・判断も経験則に違背し、法令に違背するものである。

三、土地評価に当たって被担保債権額を控除すべきであるとの上告人の主張を排斥した原判決には、法令違背の違法がある。

原判決は、本件土地の評価に当たっては本件土地に設定された抵当権の被担保債権額を控除すべきである旨の上告人の主張は失当であると判断しているが(第一審判決書一七丁表~裏)、以下に述べるとおり、失当であり、所得税法三三条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

本件土地については、本件契約以前から現在に至るまで、抵当権者東京都、被担保債権額二七四五万九九〇〇円の抵当権が設定されており、その抵当権が実行される蓋然性が高いから、本件土地の評価に当たっては、右被担保債権額を控除すべきである。

裁判所は、不動産仮差押え等の担保額決定の際の「目的不動産価額の算定」においては、「目的不動産に、抵当権、代物弁済予約等の仮登記、仮差押等の負担のある場合は、その相当価額を目的不動産の価額から控除しなければならない」としており(丹野達ら編「裁判所実務体系4」八一頁、原井龍一郎ら編著「実務民事保全法」一七五頁等)、本件土地の評価に当たっても実質的な価額によるべきであるから、右被担保債権額を控除すべきである。

しかるに、被上告人は、右債権額を控除することなく本件土地を評価しており、被上告人による本件土地の評価額は過大である。

四、収用予定による減額がされるべきであるとの上告人の主張を排斥した原判決には、法令違背の違法がある。

原判決は、本件土地の一部が収用の対象になる予定であるから本件土地の評価に当たっては相当額の減額をすべきであるという上告人の主張は失当であると判断しているが(第一審判決書一七丁裏~一八丁表)、以下に述べるとおり、失当であり、所得税法三三条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

本件土地の一部は、東京都都市計画道路補助線街路五四号線に使用されることが決定しており、本件土地のうち約三〇坪が収用の対象になる予定であるところ、これにより本件土地の利用価値が減少すること、収用時の補償金は時価全額を補償するものではないことからすれば、本件土地の評価に当たっては相当額の減額がなされなければならない。

しかるに、被上告人は、右減額を行うことなく本件土地を評価しており、被上告人による本件土地の評価額は過大である。

五、本案前の争点に関する上告人の主張を排斥した原判決には、法令違背の違法がある。

原判決は、「原告の本件訴えのうち、本件更正処分について、本件申告の額を超えない部分の取り消しを求める部分は……不適法なものというべきであり、却下を免れない」と判断しているが(第一審判決書九丁表~裏)、以下に述べるとおり、判例に違背し、国税通則法二三条及び所得税法一五二条の解釈・適用を誤り、法令に違背するものである。

1、最高裁昭和三九年一〇月二二日判決(民集一八巻八号一七六二頁)は、「確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の過誤を主張することは、許されないものといわなければならない。」と判示しており、右のような特段の事情がある場合には、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張しうることを明らかにしている。

そして、次の各裁判例等は、右最高裁判決に従って、申告書の記載内容について錯誤の主張を認めたものである。

札幌地裁昭和六三年一二月八日判決・訟務月報三五巻五号九〇〇頁

東京地裁昭和五六年四月二七日判決・行裁集三二巻四号六六一頁

京都地裁昭和四五年四月一日判決・行裁集二一巻四号六四一頁

2、本件契約は、実際は一億円の貸金債権の担保のための譲渡担保契約であるが、外面的には貸金債権の存在を契約書等に表示せず、形式的には平野橋不動産が代金一億円で本件土地を購入し、後に上告人が一億円を支払うことによって本件土地を買い戻すことができる旨の契約である。

譲渡担保の場合は、本来譲渡所得は発生しないのであるが、上告人は、形式的には代金一億円本件土地を売却して所有権移転登記を行い、他方、所得税基本通達三三-二が存在することを知らなかったため、当然譲渡所得について確定申告を行う必要があるとの錯誤に陥り、税理士等に相談せずに、その旨の確定申告を行ったものである。そして、昭和六二年分所得税の更正がなされた平成二年七月六日の時点では、すでに更正の請求を行うことのできる期限を過ぎてしまっていたのである。

したがって、本件は、右最高裁判例にいう「その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合」に該当するから、更正の請求によらずに、上告人が確定申告を行った申告額を超えない部分の取り消しを求めることが許されるものである。

六、上告人の口頭弁論再会申立てを無視してなされた原判決には、法令違背及び理由不備の違法がある。

1、上告人は、平成六年七月二九日付口頭弁論再会申立書により、口頭弁論の再開を申し立てたが、原審はこれを無視して原判決を言い渡した。

2、平成六年二月二四日の弁論終結後、平成六年三月八日付で平成二年分所得税の更正(以下、第二次更正という。)及び過少申告加算税の賦課決定の通知がなされた(甲一八)。

そして、これによる所得税の増差額一億六一〇四万八七〇〇円及び過少申告加算税二四一三万一〇〇〇円について、平成六年五月二七日付で督促がなされ(甲一九)、平成六年六月二四日付で「徴収の引受通知」がなされ(甲二〇)、平成六年六月二七日付で「参加差押通知」がなされた(甲二一の一、二)。

3、上告人は、本件譲渡担保契約にともない本件土地について平野橋不動産への所有権移転登記を行い、その借入金の返済により、同登記の抹消登記を経由し本件土地の所有名義を回復した。

しかるところ、北沢税務署長は、本件で争われている昭和六二年分の所得税の更正(以下、第一次更正という。)に加えて、第二次更正を行ったのである。

第二次更正に際しては、その通知前に上告人に対する事情聴取がまったくなされておらず、突然通知されたものであるが、「一時所得三億二七七六万七八五〇円」があったものとしており、右抹消登記による所有名義の回復を、平野橋不動産から上告人への無償譲渡と捉えて課税する趣旨であると考えられる。

右抹消登記による所有名義の回復がいかなる意味を有するかは、上告人から平野橋不動産への所有権移転登記がいかなる意味のものであったかということと表裏一体をなすものであり、第一次更正と第二次更正は、合わせて論じ、審理されなければならない。

4、第二次更正により、第一次更正と合わせると、これによる国税及び地方税は、加算税を含めて三二億円を超える膨大なものとなった。

本件譲渡担保契約に伴う所有権移転登記とその抹消について、このように膨大な税を課すことは、実質的に利得のないところに課税し、このような膨大な課税に耐えられない上告人を社会的に葬るものであって、到底許されない違法な課税である。

課税の対象とされる物・行為又は事実を「課税物件」というが、課税物件は「客観的に担税力の存在を推定させるような物・行為または事実でなければならない」とされている(金子宏「租税法[第四版]」一四七~一四八頁)。

しかるところ、本件譲渡担保契約に伴う所有権移転登記とその抹消について、このように膨大な税を課すことは、明らかに担税力のないところに課税するものであり、違法な課税である。

5、以上のとおりであるから、原審は、口頭弁論を再開し、第二次更正に関する事実を合わせて審理し、判断すべきであったにもかかわらず、これを行わなかったものであって、原判決は、最高裁昭和五六年九月二四日判決・民集三五巻六号一〇八八頁に違背し、民事訴訟法一三三条の解釈を謝って、法令に違背し、かつ、民事訴訟法三九五条一項六号に定める理由不備の違法がある。

七、以上のとおりであるから、上告の趣旨記載のとおりの判決を求める。

以上

(添付書類省略)

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